ぶどう絵日記

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秋の夜長に

「このままの勢いで、世界中がシャルドネ、カベルネ、メルロで覆われたら・・・」
面白くありませんね、という答を予期して私はホシーノの言葉を待った。
「もしかすると、ボルドーやブルゴーニュよりもっと良い産地が新世界のどこかに出てくるかもしれませんね」
なるほど、そういう可能性だってあるわけだ。
(ワインづくりの思想」麻井宇介著 中公新書 P156)

「『もう一杯』といわれるようなワインが、よいワインである」
そうなのだ。よいワインにテロワールの説明など必要ないのだ。そして、間違いなく、テロワールという概念は、よいワインが生まれてから、ずっと後になって出来上がったものなのだ。
(同 P221)

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 誰しも、一度は会ってみたかった著名人と言うものがあるとすれば、crowにとって、この本を著した麻井宇介(本名 浅井昭吾)がその一人です。
 メルシャンの醸造長として名国産ワインを生み出す傍ら、他のワイナリーにも惜しみない情報提供を行い、かつ著作も多数。
 本業は醸造長なので、当然著作は酒類関係のみですが、経験と教養に裏打ちされた文章を、小気味良くリズミカルに読ませる文体の巧さは、並の小説家では太刀打ち出来そうにありません。

 本書に限らず、ワインを考えるにあたって、一貫して出てくるのが「宿命的風土論」への挑戦。
 日本ではブドウの生育期が高温多雨になるため、良いワインは出来ないという諦観があるが、それは真実なのか?
 その疑念を焦点に、産地・技術・品種・テロワール・作り手の5つの章でまとめたこの本は、日本に限らずワインに興味をもつ人なら一度は読んで欲しい名著。

 crowがもっとも気に入っているのが、この一節

「ロマネコンティがいつも凄いのは、ただ畑のせいだってわけ?」
「それは違う。最高であらねばならない天命のようなものを背負わされて、きっと誰よりも努力している」
(P235)
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by kurouhougan | 2007-09-17 15:26 | ワイン